文部科学省「特異な才能のある児童生徒の指導・支援」有識者会議

文部科学省の「才能のある子の指導・支援」有識者会議の進捗状況

【特定分野に特異な才能のある児童生徒に対する学校における指導・支援の在り方等に関する有識者会議】(2021年6月~2022年9月)
*ここでの情報は、文科省ウェブサイトに公開済みの会議資料と議事録、および当日報道関係者・一般傍聴可能な会議での発言のみに基づく。
*私のコメントは公開情報に対する私見であり、会議全体の合意や報告書に反映されない可能性もある。
■ 第9回会議(2022.04.15)(会議資料)

今回は、「有識者会議論点整理」の「今後議論すべき論点」の残された検討課題について議論された。 まず、「教室・学校内での対応策」のうち「学級経営・生徒指導・キャリア教育等に関する方策」について、委員の藤田晃之先生(筑波大学人間系教授)が発表された。そして、前回までの主な意見も踏まえて、さらに残された問題について出席委員の意見が交わされた。

藤田先生は、「教室の中での困難を解消するための方策について:学級経営・生徒指導・キャリア教育の観点から」という表題で話された。日常の教室の中でできること、すべきこととして、新学習指導要領が示すキャリア教育実践の在り方を整理して示された。 特に、「キャリア・パスポート」すなわち、児童生徒が小中高のキャリア教育に関わる諸活動について、自らの学習状況やキャリア形成を見通し、振り返り、自己評価できるよう工夫されたポートフォリオに焦点を合わせ、とりわけ大切なのは教師からのコメント・言葉がけだと述べられた。 キャリア・パスポートは、才能教育の観点からは全ての子ども対象の「才能全体ポートフォリオ」と共通点があり、今後、才能のある子にとっても優れた活用方法が期待される。

▼コメント

残された検討課題の幾つかについて、私は資料提示しながら意見を述べた(会議資料の松村委員当日配付資料を参照)。以下に、私の発言に基づいて記す。

まず意見全体を通して「才能のある子の指導・支援の視点から対応の充実を」とタイトルづけた。 「特異な才能のある児童生徒」を「才能のある子」と略称するのは、字数削減だけでなく、突出した才能や困難を伴う才能に限定されないという広い意味を表すためだ。 これに対して、才能教育プログラムで才能が特定の公式の基準で識別されて選抜された子どもを「才能児」と呼べば、概念分けが明確になる。

①生徒指導・キャリア教育について

アメリカでの才能児のキャリア教育で留意すべき点が、日本でも共通する課題となることがある。

[1] 才能児は、保護者や教師、社会からの期待に敏感で、過大/過小な期待を受け、親の期待に合わせてしまうこともある。特に女性の科学技術分野のキャリアについて、周囲や本人の期待が小さいことがある。 (CSTIの教育・人材育成の政策パッケージで「理数系の学びに関するジェンダーギャップの解消をめざす」として論じられている。)女性やSTEMに限らず、ポジティブな役割モデルが必要だ。

[2] 才能児は、学業面に比べて対人面で自己尊重が低い場合が多いとも言われ、小学校段階からポジティブな自己概念形成が重要で、自分の強みと弱みを知ることが大切だ。

[3] 現実問題解決の「本物の学習」の体験を通じて、学習と職業との繋がりを理解させるのが有効だ。そのために、多様な分野の専門家が、役割モデルやメンターとして関わる。

[4] 才能児は、「多才」(multipotentiality)なことがあるため、進路・職業を絞りにくい場合もある。親の意向で一つに絞らせないで、特定領域への興味・情熱の尊重を助言するといいとされる。 「才能の三輪概念」で強い意欲・熱中が才能の要素になっているのも尤もだ。

[5] アメリカでの才能児のためのスクールカウンセリングから、大きな示唆が得られる。『才能教育・2E教育概論』(第2章)の記述を表にまとめて資料に示す。 才能児に特有な問題について多面的に、個人や集団でカウンセリングが行われる。アメリカでさえ、たいていのスクールカウンセラーは才能教育に精通していないと言われる。 日本でも、臨床心理学でも全く考慮されないが、スクールカウンセラーに、才能のある子の支援の視点・知識が必要だ。

②才能や障碍のために困っている、才能のある子への指導・支援

[1] 才能と障碍を併せもつ子を「2E」などと特定して別途、特別な指導を行うのではなく、才能にも応じる個別最適な学びが、対応の基本になる。 通級指導や特別支援学級でも、個別最適な学び、主体的な学びを共通の基盤にできることは、天童中部小学校の取り組み(第7回会議・大谷先生発表)からも示唆された。 アメリカでは、2E児を学級から突然に取り出すのではなく、才能および障碍への支援が、MTSSの3段階支援体制でインクルーシブに連動している。 学級内での段階1、2から学級外での段階3へ切れ目なく移行する(『才能教育・2E教育概論』(第5章)参照)。

[2] 個別最適な学び・協働的な学びに、学校ぐるみで取り組む実践の開発を、教育委員会が支援する取り組みの開始が望まれる。 その際に、才能や障碍に起因する困難によって、支援の上では、個人を種別区分、集団分けしないほうがよい。 つまり、例えばもし「困っている才能のある子」を、発達障害とそうではない集団に分けると、ラベル付けや才能への異なる支援などで分断される恐れがある。 2Eでは、才能や障碍の一部が隠れる場合もある、障碍種を限定して決められない、診断の有無で分けられるのかなど、未解決の問題もあるため、才能への支援を集団タイプ別に明確に分けられない。 ただし、誤診なく診断された障碍については、才能への支援の際にも、合理的配慮や障碍種固有に必要・有効な対応が求められる。

[3] 「保護者へのサポート」として、教育委員会等での才能への対応策の検討の場に、保護者が参画できる体制が作られて、学校内外で才能による困難に配慮される仕組みが検討されることが望まれる。 シアトルでは、教育委員会の才能支援のワークグループに教員や保護者が参加している。 まずは教育支援センターを通じた不登校支援などで、困っている才能のある子の情報が集まっている保護者支援団体と、現状や対応について意見交換できる体制作りが有効だろう。

③「才能や特性の見いだし」について

[1] 「論点整理」にあるように、有識者会議では「特異な才能のある児童生徒」を定義づけて予め特定しないため、「才能児/ギフテッド」と呼ぶ「個人」を見いだす「認定」(identification)はしないことになる。 アメリカの最近の傾向として、シアトルでも個人を"gifted"と呼んで選び出すことはしなくなった。 才能のある子を認定しないことから、才能と学習困難・障碍を併せもつ子も、予め「2E」だと認定しないことになる。 「特異な才能」の定義を求める声もあるが、それは誰がそれをもつか判断する基準が欲しいからだろう。 敢えて「才能」を定義するなら、「普通より優れた力」とだけ、あるいはもう一歩踏み込んで「才能の三輪概念」に倣って、「通常より優れた能力、創造性、強い意欲・熱中」と大綱的に述べておくのが適切だ。

[2] しかし、個別の実践の目的に適った「才能行動・特性」を見いだす「識別」(identification)は妥当・公正に行われるべきだ。 英語では同じ用語だが、日本語では個人の認定と、行動・特性の識別を呼び分けると、「才能のある児童生徒の識別」は変な表現なので、混同されない。 才能を識別した結果、そのプログラムの目的に相応しい個人が、プログラムの対象者や、入試の合格者、コンテストの入賞者、資格・免許の取得者として選別、選抜される。 才能行動・特性の識別のために実際に行うアセスメントは、「才能児」と名付けないで活用されるべきだ。例えば難関中学校の入試では、その学校が求める高学力を評定しようとする。 才能児を才能の基準で選抜する「狭義の才能教育」に該当するが、入学した高学力の生徒をわざわざ「才能児/ギフテッド」と呼び換えない。 才能行動・特性の識別の方法、手段や基準は、有識者会議や国レベルの機関が一般論で提案するべきものではない。 CSTI政策パッケージで「特異な才能のある子供=Giftedは、IQ130以上なら、各クラスに0.8人いる」と言うのは、IQの問題点を別にしても、基準に合う才能児を認定するという前提の発想がおかしい。 何らかのテストや教師/本人チェックリストを全国の全児童生徒対象に行い、基準を設けて実態調査は行うべきではないし、限られた手法で実態把握は不可能だ。 特定の基準で才能児だと認定されるなら、得点を上げる訓練は可能なので、必ず民間の教育産業が介入して新たな教育格差が生じ、本来の才能が公正に識別できなくなる。

[3] 才能の識別方法は、既存あるいは新規の個別実践で、妥当で公正な識別方法が利用・開発されるべきで、「誰が才能を見いだすか」は、当然、個々の実践の実施者が行うことになる。 例えば、ジュニアドクター育成塾への参加が、最初の段階では興味をもった子どもが先着順で選ばれることがある。 才能の基準で選抜しない「広義の才能教育」プログラムとして開始されるが、最終段階ではレポートや試験で優秀な個人を選抜して、大学の研究室での高度なプログラムで「狭義の才能教育」が行われる。 目的に応じて妥当・公正な識別や指導方法を組み合わせて用いられる。 「才能のある児童生徒をどうやって見いだすか」を有識者会議で検討するのだという誤解が、いま一般に見受けられるが、以上のような認識が広く一般に必要だ。

④教育委員会・学校関係者の理解啓発や施策の普及方策

才能の識別方法の開発・普及と関連して、学校内外の既存あるいは新規の個別実践が、教育委員会の支援を得て、教育委員会がハブになる等で連携して、才能の識別や指導・支援のノウハウが把握・蓄積されることが望まれる。 例えば、論点整理に挙げられた鎌倉市での民間による取り組み(第4回会議・福本先生発表)では、教育委員会と連携して不登校の子どもに対応している。 そこでは 「個才」と呼ばれる才能特性がアセスメントで把握され、子ども自身の自己認識を深めたりして、活かされている。 まずは全国の幾つかの拠点で、教育委員会の支援で、既存の実践を活用、あるいは新規に研究開発する取り組みを推進する。 そして後追いでも全国的な協議会や支援プラットフォームを形成して、各地域の好事例の情報を集約・蓄積する。 そうすれば、新規の実践に適合するような、才能行動・特性の識別方法や、才能に配慮した指導・支援について、帰納的に導き出された情報の発信、普及が可能になるだろう。 その際、今後大きく進む教育データ利活用(情報・データ連携)の在り方や、そこでの懸念などの検討も課題になるだろう。